―ロマン派時代ー
メンデルスゾーン(フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ)
1809年2月3日~1847年1月14日
国籍:ドイツ
裕福なユダヤ系ドイツ人銀行家の息子としてハンブルクに生まれたメンデルスゾーンは
幼少の頃から母よりピアノを習い音楽的に恵まれた環境で育ちました。
9歳でピアノの演奏会を開くほどの早熟ぶりを発揮し10歳で唱歌学校に入学します。
ツェルターから音楽理論を学び、15歳で『交響曲第一番』を書き26年に『真夏の世の夢』序曲を作曲。
翌年ベルリン大学ではヘーゲルなどの哲学を聴講します。
29年はバッハの『マタイ受難曲』をバッハの死後初めて再演したり
ロンドンでウェーバー『小協奏曲』をピアノ独奏・指揮を同時に受け持ったりと、活発に活動を展開します。
その後イギリス各地への旅は後に『フィンガルの洞窟』を誕生させ
さらに30年21歳にして交響曲第5番『宗教改革』を作曲します。
33年にはデュッセルドルフ市の音楽監督、
35年からライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に就任しその水準の向上に務めました。
その後36年にはライプツィヒ大学から名誉博士号を贈られます。
シューベルトの埋もれていた交響曲『ザ・グレート』を初演したのは39年でした。
しかし44年『ヴァイオリン協奏曲』を書き上げたものの、この頃から健康を害し
46年イギリスのバーミンガム音楽祭でオラトリオ『エリア』初演後、
旅の疲れと姉ファニーの死去によるショックから再び健康が悪化します。
そして47年、脳卒中のためライプツィヒの自宅で38歳という若さでこの世を去りました。
メンデルスゾーンは古典主義的傾向の中でロマン主義の音楽を書いた作曲であり
ことに旋律は美しく端正で洗練されていました。
交響曲は5曲だけですが、弦楽のための交響曲(シンフォニア)は13曲もあり
無言歌集も8巻ほど残している多作曲家でありました。
♦主要作品♦
【付随音楽】真夏の世の夢 【管弦楽曲】交響曲第3番「スコットランド」 4番「イタリア」
5番「宗教改革」 序曲「フィンガルの洞窟」
【協奏曲】 ピアノ協奏曲第1番・2番 ヴァイオリン協奏曲 【オラトリオ】 エリア
【ピアノ曲】無言歌集第1巻~8巻 厳格な変奏曲 【歌曲】6つの歌(2曲目が「歌の翼に」)