ーロマン派時代ー
スメタナ(ベドルジーハ・スメタナ)
1824年3月2日~1884年5月24日
国籍:チェコ
ビール醸造業者を父に持ち、リトミシュルで生まれたスメタナは子供の頃より楽才を表し
とりわけピアノに優れていました。
プルゼニのギムナジウム(進学準備学校)で学んだ後、19歳の時にプラハに赴き
プロクシュピアノと作曲を師事しました。
その後彼はトゥン伯爵家の音楽教師になり、弱冠24歳にして音楽学校を設立します。
さらにコンサートピアニストとしても活躍し、
1856年からはスウェーデンのイェーテポリ音楽協会の指揮者になります。
その一方で『リチャード3世』『ハーコン・ヤール』などの作品も書き
61年に帰国すると、プラハに結成された芸術家連盟の音楽部長の要職に就きます。
それと同時に合唱団『ひびき』、プラハ国民劇場の指揮者にもなり多忙な日々を過ごします。
民族的なオペラ『売られた花嫁』が初演されたのは66年のことで
68年にはチェコ国立劇場の起工式でオペラ『ダリボル』を上演します。
しかし74年、49歳の時に歌劇『二人のやもめ』を作曲した後、聴覚障害を起こします。
足掛け5年間をかけた大作『わが祖国』をほとんど聴こえない中で79年に完成させますが
梅毒にも蝕まれていた彼は84年錯乱状態に陥り廃人同然となり
プラハの精神病院で60年の生涯を終えました。
最後は悲惨な運命でしたが、彼は立派なチェコ国民楽派の創始者でありました。
♦主要作品♦
【オペラ】 売られた花嫁 ダリボル 【管弦楽曲】連作交響曲『わが祖国』(ヴィシェフラード
モルダウ シャルカ ボヘミアの森と草原から ターボル ブラニーク)
【室内楽曲】 弦楽四重奏曲 第1番「わが生涯より」